韓国人パパの人生と育児 with 瞑想

育児と人生について、クリシュナムルティ(J. Krishnamurti)の言葉から気づく日常を書き残しています。コメントや批評全てご自由に。

自画(自我)像

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ぼやっとした思い出の感情。

「あの時に戻りたい!」
つい叫びたくなる懐かしい時間。

ありきたりな日常とかけ離れた
別世界のような…穏やかなひととき。

そして繰り返し、繰り返し、
何度も眺めたくなる誰かの
そして自分の言葉…。

仕事に、人間関係に、家事や育児に、
常に過去や何かに没頭している
自分を止めたとき、

愚然…訪れる少しの余裕と余白。

しかし今日も僕は、
そのありがたい偶然を…
その美しい余裕と余白を…

「そういえば… あの時...」
「これからどうしたら…」

ありのまま眺めることなく、
その美しさを感じ取ることなく…
またもや、ありきたりな思考に
夢中になってしまう。

ほんの一瞬の間…
眩しく輝いていた、
あの余裕と余白が…
思考や夢中に埋もれていく。
そしていつも後になって
自分がやらかしたことに気づく。

「ありきたりな日常」…

その気づきと同時に…
また僕は…今日という瞬間
そう
名付けて…嘆く。

転んで泣いて、怪我をして…
誰かの愚痴や行動を非難して
時間を守らない子供に怒って
そして怒っている自分に怒って...
穏やかであるべき日常を脅かす
あらゆるものと戦う、今日という瞬間を…。

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…ふと、

自分こそ「私」であると言い張る、
自分勝手で貪欲で、終わりのない
心地良さや快楽だけを追い求める
自我やエゴの存在に気づき、

その限界とちっぽけさに驚き、
それが他ならない自分自身である事実に
唇を噛みしめ、黙り込み、立ち尽くす。

虚偽を虚偽として観、
真理を真理として観、

虚偽の中で真理を観る。

言葉では、頭(思考)では理解し、
分かっているつもりでも...
それが目の前の日常となると、
また誰かと、無数の何かと戦ってしまう。

結局...自分の人生も、
あれほど否定していた誰かの人生と
あまり変わることなく…
似たり寄ったりしていることに気づく。

そうやって常に、
虚偽としての人生を「私」というやつは
決してそうではないと…
今日も
必死に言い張っている。

そこには…
そのために、必死に
戦い続ける
哀れな日常を生きる、何の変哲もない
ただの
中年男性が一人いるだけなのに...


人生や生きる意味というものを...
日常と離れた何かから見つけようとし、
今日もその二つを区分し、分離したまま…
仕事に向かい、家に帰る。

 

そしてまた…その全てが終わった少しの間、
一定の枠に捉われて何かを判断し、
それっぽい言葉で誰かを説得し、
そういう自分を...たまにチラ見して微笑む。

 

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"나 다시 돌아갈래!"
「おれ、(あの時に)戻りたい!」

迫ってくる高速列車に向かって
主人公が叫んでいた最後の言葉。

あの古い映画の主人公のように...
自分も、死ぬ間際まで…
やりきれない気持ちを抱え、
その苦しみにもがき、
哀れな自分の自画(自我)像に、
涙を流しているだろうか。

それとも、ただ...その全てを、
目の前にある虚偽を噛みしめ、
今という真理を生きるだろうか。

今日も...
繰り返し、繰り返し、
何度も、自分の問いを眺める…

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それでは以上のことを話し合いましょう。ご質問はございませんか?「
今話されたことは、日常生活においてどんな価値があるのか?」と尋ねても構いません。

「僕は生きていかなきゃならない。そのために会社に通わなきゃならない。家族があるし、上司もいる。それに競争も厳しい。いったい今の話は、こういう現実と、どう関係があるっていうのさ?」と、おそらくそのようなご質問があるかも知れません。しかし、その質問者は、今朝の私の話について来なかった人でもあります。

瞑想とは、毎日の生活からかけ離れたところにあるわけではありません。部屋の片隅に消えて行き、十分間瞑想し、部屋から出ると「肉屋」になる。これは比喩ですが、事実でもあります。

膜想は、きわめて真剣な行いの一つです。あなたは毎日実践しないといけません。会社の中であれ、家族と一緒にいる時であれ、「君が好きだよ」とささやく時であれ、子供のことを考える時であれ、みんな瞑想を必要とするのです。

そうでないと、子供を教育して、軍人にし、殺戮・愛国・国旗禁拝というコースになる、つまり子供を訓練させ、みすみす現代社会の落し穴に導いていくことになってしまいます。

こういった事態を見つめ、そこで果すあなたの役割を自覚するということ、その全てが瞑想の一つなのです。

あなたがそういう瞑想を行う時、すばらしい美しさをそこに見つけるでしょう。あなたは、刻一刻を正しく生きていけるでしょう。ある一瞬間違うことはあっても、あなたはすぐに立ち直って軌道を修正するでしょう。くよくよしていて時間を浪費することがありません。瞑想は、人生の一部であり、人生とかけ離れて存在するものではありません。

「J. クリシュナムルティ The flight of the Eagle 1971 (自由への道 瞑想について)」

 

【あとがき】

それがいつ、どこであれ、
書きたくなったら書く。

「続けること」
「続けることこそ大事」
という理想と思考は...

気づき、眺め、
その後を残さず...その場で殺す。

そして書きたくなったら書く。
...それだけのこと。

 

♩夜明け | ビューティフルハミングバード

 

#한국어번역(韓国語翻訳)

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