韓国人パパの人生と育児 with 瞑想

育児と人生について、クリシュナムルティ(J. Krishnamurti)の言葉から気づく日常を書き残しています。コメントや批評全てご自由に。

(日記) ただいま...

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…笑って

…怒って
…戸惑って
…涙を流して
…また笑って…
そうやって子供と、誰かと…
夢中になっている自分の姿。

どうして笑っているのか。
どうして怒っているのか。
どうして戸惑っているのか。
どうして涙を流しているのか…

…気づく瞬間がある。

遠い過去の記憶。
楽しい思い出や出来事。
思い出しくない傷やトラウマ。
黒板と小さな先生の背中。
荒れた母の手とその上に落ちる涙。

亡き祖父の声と笑顔の写真。
異国で眺めた貧困と贅沢。
そしていつのまにか…
歳をとっている自分に…。

馬鹿みたいな笑い方が、
父に似てきた怒る顔が、
感動や傷で流す涙が、

ありとあらゆる感情が全て…
どこか…自分の中にあるどこかから、
跳ね返ってきていることに…。


楽しい。
悲しい。
苦しい。
あらゆる感情が…こだまのように
ただ戻ってきていることに…


…気づく瞬間がある。

そして何故か…途方もない感情が、
どうしようもない涙が溢れ出す。

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叶えたことと喜び。
叶えなかったことと悔しさ。
楽しい思い出と苦しい思い出。
記憶が呼び起こすあらゆる感情。

そうやって…
いつも意識のどこかで…
記憶と感情を見つけ出し、
笑ったり、泣いたりしている
自分を「私」と言い張るもの。

記憶を選別し、都合よく解釈し、
今という日常の上に広げて…
「良い」「悪い」「正しい」
そう言いたがるもの。

それで常に…
目の前にある今を見ないで、
記憶という過去とそれっぽい
未来で覆い隠すもの。

それは誰?それが「私」?

どこかの国で生まれ、
限られた環境で育ち、
何かを受け入れ、
また受け入れずに…
場所と環境とその受け入れと反動…
その積み重ねでしかない、
…それが私?

それはただ…
過去としての記憶が、
その記憶の積み重ねが、
経験を選び、そうやって…
選んできたものを価値観と呼び、
そこから何かを眺め、蓄積してきた
ただの過去の記憶とその蓄積でしかないのに。
どうして僕はそれにしがみつくのだろう…。

目の前に広がる「今」をみないで…
その記憶と知識を並べて笑って怒って…
涙を流しているのは…誰だろう?

それが私…?

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「私」「自我」「エゴ」…
いくらそれっぽい言葉で飾っても…
彼もただ…もう一つの記憶と
その蓄積でしかないのに…。

それで…
「観察するものは観察されるもの」
という事実を…どうして彼は、
みることができないだろう…。

画用紙に描いた円のように…
自分が描いた「私」という境界線が、
無数の「私ではない」ものを同時に
作り出しているという事実を…。

だから…本当は…
目の前の「今」には、
「あなた」も「私」もいなくて…

ただ…
無数の同じ「人」がいるだけなのに…。


あの不安。
あの感動。
あの悲しみ。
あの嫉妬。
あの恐怖。
あの傲慢。
あの虚栄。
全て他人ではなく、
全て自分なのに…。

どうして今日も自分は…
また誰かに向かって大きな声で
怒ったり、笑ったり…そうやって
夢中になっているのだろう…。

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***
少しずつ夕陽に染まっていく雲。
清々しい風と高い自転車の音。
無数の電線とすずめの鳴き声。
大きな古木を揺らす暖かい風。
記憶や経験…過去や未来…。

そして努力も意識も…
その全てに気づく「私」も
いなくなるとき…。

そこには…
一度も見たことのない「今」が、
過去や未来には存在しない「今」が…
あらゆるところで眩しく輝いている。

そして何故か…途方もない感情が、
どうしようもない涙が溢れ出す。

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「お・か・え・り!!」

娘の大きな声が
目の前から聞こえる。

その声に…
今日も僕は笑っている。

 

(ただ…いま…)


♬遠くまで イノトモ

 

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