さあ、およぐぞ。
「さあ、およぐぞ。」
くじらは、青い 青い
空の なかを、
げんき いっぱい
すすんで いきました。
うみの ほうへ、
むらの ほうへ、
まちの ほうへ。
…
…何年ぶりだろうね…
君のことを思い出すのは…
まだ肌寒い土曜日の夕方、
薄暗い小さなレストランで、
緊張していた僕の結婚式を…
窓側の奥で生まれたばかりの赤ん坊を、
あやしながら眺めていた君のことを…
赤と紫で綺麗なハンボクと髪の毛で、
静かに座っていた君の最後の表情を…
何年ぶりだろうね…
どうしてもっと早く教えてくれなかったの!
言葉を選ぶ母に怒っていた…
あの日のことを思い出すのは…
何年ぶりだろうね…
もしというのはないだろうけど、
もし…君が今も生きていれば…
育児のことについて、
親としての人生について、
旦那さんへの不満について、
そしてあの頃の思い出について…
きっとふざけ合いながら、
話し合っていただろうね…
同じ年に生まれたこと以外、
性別も、親も、環境も…
何一つ同じではなかったのに…
多くの甥や姪たちを優しく、
引っ張る姉と兄として…
互いを支え合っていたことを…
どうして僕は…
今になって…その全てを、
昨日のことのように…
思い出しているだろうね…
そう…もし君が生きていれば…
二人で、はしゃぐ子供たちの背中を
眺め、きっとあのときのことを、
笑いながら話していたんだろうね…
…
昨日への「死」がある時、
その時…本当の「生」が現れると…
誰かが言っていたんだけど…
僕は、花開く死を眺めることに…
歳と共に変わり続けるその花の姿に…
耐えきれずに逃げたりしないで、
思い浮かぶ感情、その全てをただ...
ありのまま…眺めるその中にこそ…
生というものがあるのだと…
少し自慢げに...話していたんだろうね。
…
何年ぶりだろうね…
そして…どうしてだろうね…
息子が読んでくれた、
あのくじらぐもの話に…
ずっと忘れていた君のことを
思い浮かぶのは...
でも…
今日はいいよね?
今日は少し感傷的になっても…
今日は少し涙を流しても…
...いいよね?
きっと…君は…
あの青い空の中を、
元気いっぱい…
すすんでいるだろうから…
…
「さあ、およぐぞ。」
くじらは、青い 青い
空の なかを、
げんき いっぱい
すすんで いきました。
うみの ほうへ、
むらの ほうへ、
まちの ほうへ...
みんなは うたを
うたいました。
そらは、どこまでも
どこまでも 続きます…
♬いくつもの |寺尾沙穂