思考をみることは…
夢から目を覚ます。
寒い、温かい、暗い、明るい...
世界を眺める意識が体にもどるとき、
ものすごい現実感(リアリティー)がもたらす
漠然とした不安と恐怖。
生きることは、
日々の生活の中で、
繰り返す喜怒哀楽の積み重ね。
生きることへの強い執着や渇望と同時に
...その全ての外側にいたいと願う感覚。
そう、いつものように...知らない何かを、
未知の何かを警戒し、遠ざけようとする感覚。
思考をみることは、
その全てをみること。
それは、意識(私)無しにただ気づくこと。
肝心なことは、
実際にそれを自ら感じ取れるか、
過去(重荷)を背負わず、その重要性を見出し、
探求するエネルギーがあるかどうか。
もし単に言葉を弄んだり、思考遊びに耽ったり、
議論そのものだけに気を囚われれば...
それは探求でも何でもない、
虚しい空論になってしまうから。
思考をみることは、
苦痛を呼び起こすこと、
自己憐憫に浸る喜びに気づくこと、
自分(私)という肥大化した軸に気づくこと。
その軸を手放すことで何もかも消え去り、
もはや自分ではなくなるという不安と恐怖に慄く
...自分の姿に気づくこと。
そう...思考をみることは、
過去の重荷から自由な目で、
リアリティーを眺め、それを恐れずにいること。
夢から目を覚まし、
今を精いっぱい生きること。
♪ 冬のこども・ビューティフルハミングバード