韓国人パパの人生と育児 with 哲学

育児と人生について、クリシュナムルティ(J. Krishnamurti)の言葉から気づく日常を書き残しています。コメントや批評全てご自由に。

(日記) 育児と健康

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「娘の咳と肌を治してあげたい」
振り返ってみると、全てはそこから始まった。

慢性の咳と肌の炎症に苦しむ娘。
肌は常に乾燥していて、生まれた時から刺激に弱く薬を塗らない日が珍しいぐらいだった。その原因を探って3年。長年の通院と1ヶ月弱の入院生活を経て医者は「原因不明の肺炎(今は完治)」と「乾燥肌」という病名を与えた。それから保湿剤とロコイド等、薬を塗り続ける生活が始まった。

「親とは何か」
「親としてすべきことは何か」

答えのない問いと共に、その原因と対策を模索しアクションに移すことが日常となった。そして、その問いへの答えを探れば探るほど、この世界が直面している危険性と問題、そして自然に対する恐ろしいほどの「無関心と無知」が、事実と共に浮き彫りになってきた。

その一。空気
娘は今の家を建ててちょうど1年後に生まれた。ホルムアルデヒド・トルエン・キシレン・エチルベンゼン… 数えきれないほどの化学物質が、家の材料として使われていて、それら全てが室内の空気中に放出されていた。成人に比べて明らかに気管支の弱い幼児がその影響を受けやすいことはあまりにも明らかだった。それで、まず家の中の化学物質をモニターできる機械を設置し、室内空気汚染状況を常に細かく確認できるようにした。

それから3年。家中のあらゆるものから放出される化学物質とそれらによる空気汚染は、私の想像を遥かに超えるものだった。花粉やPM2.5など話題の健康被害を心配する、まさにその裏で、幼児への健康被害やリスクが懸念され、しかも研究データすらない多くの化学物質が、人々の関心事からすっかり除外されていた。

では、化学物質過敏症(CS)、その他原因不明の症状を起こす汚染物質を、どうしたら排除できるだろうか。あの派手なCMのように、本当に我が家を、わが娘を救えるのは、あの立派で高価な空気清浄機だろうか。いくら最新の機械やフィルターを買い替えても、山から下りてくる自然の風に勝るものはなかった。しかし、その自然もますますその力を失っている。


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世界の平均二酸化炭素濃度は、2019年に歴代最高値である400ppmに到達した。それを証明するかのように比較的きれいな地域にある我が家の二酸化炭素濃度は、いくら長い時間自然換気をしても400ppm以下になることはなかった。24時間換気システムをフル稼働しているにも関わらず、こまめな換気を行わないと比較的短時間で体に影響が出始める1,000ppmを軽く超えてしまう。また、空気汚染は単に二酸化炭素による影響だけでなく、化学物質やPM2.5など様々な有毒物質の蓄積を意味し、特に幼児健康においては長期的なリスクに子供が常に晒されているという事実を、モニターは黙々と伝えていた。

オーブントースターや電子レンジなど調理用機械、消臭スプレーや殺虫剤、毎日欠かさず動かす食洗機… 100均で買ってきた折り紙やおもちゃ… 「オーガニック」「植物由来」「無添加」を謳うエコ洗剤や身近な日用品に至る、ありとあらゆるものが例外なく有害物質を放出していた。そして多くの人が寒い又は暑いという理由で、「99.9%」完璧を謳うエアコンや空気清浄機を頼りに、自然換気もせず有害物質に囲まれ、暮らし続けている。

持続可能な経済成長のために、自然の持続可能性が犠牲になる。気候変動や自然破壊、日常の危険性を叫ぶドキュメンタリーや映画の現実が、その画面の外で、自分の日常にありのまま投影されているとことに気づく人は多くない。多くの人が、産業工場の近く、話題の汚染スポットにいるわけではないという安易な認識で、事実を「ニュースの事実」として認識し、全く同じ日常を生きている。また、時間があれば、少しその気になれば、ドキュメンタリーやYOUTUBEなどで好奇心を満たして、次の好奇心に向かうことを繰り返すだけである。

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その二。添加物
日本が世界的な添加物大国であることはよく知られていることである。その名の通り、あらゆる食品の中に必要以上に添加物が乱用されている。コンビニのパンや子供のお菓子、おにぎりやオーガニックと自然食を謳う食品でさえ、添加物は欠かせない。規制によりヨーロッパなどには輸出すらできない加工食品が毎日スーパーで飛ぶように売られている。もはや日常生活の中でそれらを完全に排除することは不可能に近い状況に至っていた。

ナイアシン、イーストフード... 子供のパン、あらゆる加工食品の裏に当たり前のように書いてあるこれら添加物の多くが、既にヨーロッパでは毒性成分が認められ使用が禁止されている。不要に長い賞味期限を代償として、またその安さを引き換えに、私たち親は子供にまだ十分検証もされていないもの、既に使用禁止になっている添加物まみれのお菓子や食品を与えていることに気づいていない。それどころか、オーガニックや自然食などで育った子がインスタントを食べて死亡したニュースを根拠に、親は少しの添加物はこれから乱れるであろう子供の食生活への予防だと正当化する。


多くの人が加齢とともに慢性的な肥満や糖尿病など生活習慣による、正確には食生活の乱れによる疾患を患っている。では、個人ができることは何なのか。それは「自然環境と健康な生活習慣」か。しかし、何が健康な生活なのか、何が非健康なものなのかを突き詰める人はそう多くはない。それは各個人が、健康に関する自分の知識を過信しているからではないだろうか。それは、自然食を選び、それらを食べ続ければ解決されるというシンプルなものではない。自分の知識や偏見を捨て、まわりのあらゆるもの、ごく当たり前のように食べ続けてきたもの全てを疑うことから始めない限り、少し健康食や自然食をとったからと言って日常が変わることは決してないように思える。

 

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「便利さ」と「安さ」を引き換えに、私と子供たちは何を失っているのだろう。

自分にとって都合の良い事実やものだけを選ぶのではなく、安さと便利さの危険性をみつめ、その危険性に気づくことができるかが重要ではないだろうか。その気づきによる自らの変容こそ、私たち親に必要ではないだろうか。

しかし、自分への気づきやそれによる変容は、有名人のブログや本を読むからと言って、ドキュメンタリーを見たからと言って得られるものではない。気づきと変容は、決して他人から教えられるものではない。感化による気づきは一時的で、必ず次の感化、自分にとってより都合の良い、より大きな感化に、取って代わられるだけである。


化学物質の乱用による環境破壊や食肉食品の産業化などによる健康被害は、ドキュメンタリーに限った話ではなく、今日あなたが寄ったコンビニの中に、そして家族と囲むその食卓… 遺伝子組み換え(GMO)すら分からない添加物まみれの食パンを子供に与え、糖分過剰で賞味期限が半年以上のイチゴジャムをだっぷり塗り、カルシウム摂取のためと言い、子供に牛乳を無理やり飲ませる… 食卓の中にありのまま現れている。

慢性の疲れを紛らわすために、プラスチック樹脂でコーティングされた紙コップのコーヒーを毎日飲み続け、仕事に向かう人々。カフェインと加工食品や肉中心の食事により体は既に悲鳴をあげているのに、その原因を「体重」や「カロリー」「運動不足」とみなし、またビタミンサプリ等「栄養」補充だけに夢中な人々。

持続可能な自然を叫びながら、「自分へのご褒美に」と頬張るそのお菓子が、それを作る工場や企業の経営を、持続可能にしていることに気づかない人々。子供とファーストフードを食べる日常が当たり前のように繰り返されている限り、その隣で食品の品質や安全性ではなく、粗悪なプラスチックおもちゃを派手に宣伝するあのCMはこれからも流れ続けるだろう…。

 

「親とは何か」
「親としてすべきことは何か」...。


「無知であることは、
知識がないことではない。

無知とは、自覚の欠如のことである。
そして自我の諸様相についての理解が
無ければ、知識は無知に等しい。

自分自身を理解することが、
知識からの「自由」である」

<j.クリシュナムルティ>

 

 

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