韓国人パパの人生と育児 with 哲学

育児と人生について、クリシュナムルティ(J. Krishnamurti)の言葉から気づく日常を書き残しています。コメントや批評全てご自由に。

真っ白であること。

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偶然...眺めた車窓。

家や橋、並木道や信号...
その間々を青く彩る空。

ゆっくり遠のく山の天辺に
高さを競うように並ぶ朝日。

目を凝らして眺めても…
その境界線がどこなのか、
決して特定できない眩しさが、

気が遠くなるような…
空間を通り抜けて静かに
しかし...あっという間に、
電車の中に広がる。

山と朝日、そして…
電車の中のあの光を、
過去の記憶を呼び起こさずに、
どんな言葉もつけずに、
本当に静かに眺めていると...

人や景色...そこにある、
あらゆるものの境界線が、
限りなく曖昧であることを…
人は気づくかもしれない。

やがてあらゆるものが、
それを眺める自分もが...
あの光のように…
全てが真っ白になるとき。

ガタン...ゴトン...

電車の音すらも、
あの真っ白な静けさに、
飲み込まれるとき。
...
目的地や用件、
無数の昨日の残像や
未来への不安や悩みが…

また社会人や親としての
何かに属する自分という、
何かの境界線が消え去る…瞬間がある。
...
そしてそれと同時に...
自分がどれほど今という
場所から離れていたか…
今を生きる体を置き去りにし、
あの山の天辺よりもはるか遠くで
もがき、苦しみ、悲しんでいたかに気づく
…瞬間がある。

しかしその気付きは...
「今ここ」という言葉を
ひたすら反復し、強調し、
それこそ意義があるのだと…
掲げることの無意味さへの気付きでもある。

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真っ白であること。

方向や目的を失ったと戸惑い、
不安がらないこと、
過去への執着や未来への不安に
怯えないことは...
死を恐れないことでもあることを...

そしてそれこそ…
偶然…与えられた人の生を、
本当に生きることでもあることを…
いかにして人は気づくのだろうか。

そう…真っ白であることは、
あの景色のようにただ...ただ...
静かに広がることでもあることを、
いかにして人は気づくのだろうか。

…完璧なほど美しい朝は、
いつもそうやって…
何の期待も、何の記憶も
持たないときにだけ…
静けさとともに現れる。
...
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***
自由。

毎日繰り返される日常の中で、
その数千数万の積み重ねである
長い人生の中で…

何度も何度も語り、探し求める、
あの自由と呼ばれるものは、
いったいどこにあるだろう。

思う存分何かが買える金銭的自由、
誰かの社会の束縛から開放される自由、
何事にも思い煩わない心理的な自由。

....常に不快感や経験の苦みから、
探し求める自由というものは...
いったいどこにあるだろう。

思う存分何かが買えるようになれば、
束縛から開放されれば、
何事にも動揺されなくなれば...

日々の日常の中で、
その繰り返しである人生の中で...

満たされず、足りない何か…
嫌な思いや感情を全て…
消し去ることができれば...
そこに自由があるだろうか。
...
もし本当に...
そこに自由があるならば…
あらゆるものを、
嫌な思いや不快な感情を…
全て消し去ることの中に
もし自由があるならば、

生きている限り…
果てしなく生まれる不満や
あの虚しさを消し去る、
一番手っ取り早い方法は…
生きることを辞めること、
つまり…死ではないだろうか。

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***
毎日…死ぬことはできないだろうか。

こうすべきだ!
こうすべきではない!…

不満や抵抗を作り出す記憶や価値観が、
何かへの不自由に苛立ち、怒り、嘆く思考が、
…その全てを眺める自分という幻が…
死ぬことはできないだろうか。

過去の出来事を繰り返し、
何度も言葉を噛みしめる思考が、

今を生きずに努力や未来という
言葉に逃げ込む思考が…
死ぬことはできないだろうか。

そう...自由は…
閃光のように現れては、
何も残さないまま…
人の生を通り抜ける…
あの真っ白で、眩しい何か…

いつもそうやって…
何の期待も、何の記憶も
持たないときにだけ…
突然…静けさとともに現れる…
あの真っ白な…死なのかもしれない。

 

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