(日記) 理解とコスモス
あまり見上げることのない、
平日昼下がりの空。
薄い水色の空を背景に白い綿雲が、
日が沈む西側まで…
視野が届く地平線の先まで広がっていた。
そしていつもの帰り道に、
空と雲と同じ色をしたコスモスが
一人で咲いていた。
風に揺られるその仕草は、
まるで無邪気な顔で手を振る子供のように、
何の意図も、何の目的も持たずに、
自分の前を通る人の帰りを
ただ静かに、そして美しく見守っていた。
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「私には理解できない… 」
「ちょっとむずかしい話だね… 」
みんな、口をそろえてそう言っていた。
見慣れない単語、世間の常識や自分の価値観、
固定観念や人生信念とは異なる話に、
いつもの娯楽や芸能話からかけ離れた内容に、
多くの人が、首を傾げながらそう言っていた。
手軽で読みやすいエッセイはどう?
かわいいイラストから始まるぼんやりとした雑誌のコラムのように、
もっとカジュアルに読めるようなそんな文章はできない?
それが当たりも強くなく、多くの人にも受け入れられやすく、それでビジネスにもなるのだと…。
「そうじゃないものって、むずかしいものになるの?」
「そうじゃない文章は、受け入れにくくてビジネスには不向きで、それで何の価値もないの?」
「そして多くの人から受け入れてもらわないもの、ビジネスとしても価値がないものは、ただの自己満足に過ぎないの?」
いつのまにか、私は必死になってそう聞き返していた。
難しい
その言葉の破壊力に気づく人は多くなかった。
見慣れない文章や価値観の話。
その言葉が意味する全体を見渡すには時間がかかりそうな話に、人は自分の頭のどこかで、読む価値があるかないかを瞬時に判断し、そこに価値がないと決めるやいなや、「むずかしい」という言葉を吐き出し、そしてその言葉をもって、それを一つの事実として決めつけていた。
また、その決めつけと同時に、それが目の前にあるものへのイメージとして固定してしまう。その反応と同じく「理解できない」という言葉が、頭の中に浮かびあがってくる。
そしてそれらの言葉を投げ出し、それ以上理解しようともせず、それ以上深く見出そうとせず、全ての好奇心や学びを終わらせ、さっさといつもの安心や快楽の話に移り行く。
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そこには相変わらず、か弱い首のコスモスが、
微かな秋の香りと共に優しいリズムで踊っていた。
そして、そのコスモスは、
決して「難しい・理解できない」と言うことなく、
過去や未来への不安を抱くことなく、
イメージも何も固定することなく、
ありのままの姿で、
あらゆるものと向き合っていた。
…
ずっと探し求めていた
「関係」が、そして「愛」が、
薄い水色の花びらと白い香りの中に、
その無邪気さの中に、静かに咲いていた…。